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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
小池百合子都知事の任期満了に伴う東京都知事選挙が6月20日に告示、7月7日に投開票されます。都知事に選ばれる、また適任なのはどのような人でしょうか。入山先生は「都知事選のポイントは『政策能力』よりも『人気投票』ということだ。その意味で3選を目指す現職の小池百合子さんの対抗馬と言われる蓮舫さんは『イメージがある』ことが、むしろ不利に働きかねない」と解説します。
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勝つのは小池百合子か? 蓮舫か?
こんにちは、入山章栄です。
東京都知事選が7月7日に迫っています。実は都知事選は日本最大の直接選挙でもあります。この機会に、選挙や民主主義のあり方について考えてみましょう。
ライター・長山
入山先生、もうすぐ都知事選ですね。私はいま千葉県民なので関係ないんですけど、野次馬的興味はあって、今回は蓮舫さんが当選するのではないかと予想しています。入山先生の予想はいかがですか?
そうですね。ちなみにBIJ編集部の荒幡さんは東京都民ですか?
BIJ編集部・荒幡
そうです。メディアでは「百合子か、蓮舫か」みたいな感じで盛り上がってますが、まだ誰に投票するかは決めていません。
今ポルトガルのリスボンにいるという、世界を旅する編集者・小倉さんはどうですか?
編集・小倉
どうやら都知事選は在外投票できないみたいなので、今回の選挙は海外から客観的な目線で見守る機会にしたいと思います。
なるほど。メディアの予想では現職の小池さんと蓮舫さんの一騎打ちで、ほかにも安芸高田市長だった石丸伸二さんとか、元航空幕僚本部長の田母神俊雄さんなど、過去最多の56人が立候補されているみたいですね。これらの候補者のなかから「誰を選ぶか」も大事ですが、その前にちょっと考えてみたいのが、都知事選が「直接選挙」であることです。
選挙には、間接選挙と直接選挙の二種類があります。たとえば、われわれは首相を直接に選挙で選ぶことはできません。首相は自民党の議員や党員などによって選ばれるからです。
つまり、我々は誰を衆議院議員、参議院議員にするかは決められるけど、そのトップといえる首相は直接決められない。代わりに、これらの議員が首相を選ぶわけですね。これを間接選挙といいます。今は自公連立政権なので、連立政権の主導権を握る自民党の総裁が自動的に首相になる、というわけです。
一方、都知事などの地方自治体のトップは、直接我々が投票で選びますよね。これは直接選挙です。
1400万人の人口を抱える東京は、実は非常に大きい経済圏でもあります。フィンランドのような人口550万人の国に比べれば、「都市」というより、もはや「国家」ですよね。都知事選は人口1400万人という途轍もなく大きな、まるで国のような経済圏のトップを純粋に得票数だけで選ぶ、日本の超最大規模の直接選挙と言えます。
直接選挙は有名人が圧倒的に有利
さて、われわれが直接選挙によって都知事を選ぶことができるのは、民主主義のいい面だと思いがちですよね。だとしたら、なぜ首相選びも直接選挙にしないのでしょうか。
実は、直接選挙は必ずしもいいことだけではないのです。直接選挙と間接選挙のメリット・デメリットはそれぞれ多くありますが、今回の都知事選挙を踏まえて私が注目したいのは、直接選挙が有名人に有利な「知名度競争」に陥りがちだということです。
BIJ編集部・荒幡
やはり知名度が高い人が有利なのでしょうか?
都知事選挙は明らかにそうですよね。過去の都知事の顔ぶれを見ると、もともと有名だった人ばかりです。これははっきりいって、僕も含めて東京都民の民度の低さの表れと言ってしまってもいいかもしれません。
例えば僕がいまだに覚えているのが、1995年に青島幸男さんが都知事になったときのこと。あの時、青島さんはなんと1回も選挙活動をしなかったのです。ある意味で、有名人というだけで知事になってしまったようなものです。
そのあとは著名作家であり衆議院議員などを長く務めた石原慎太郎さん、そして猪瀬直樹さんと続きます。猪瀬さんは石原さんが都知事だったときの副都知事でしたから、政策経験あるかもしれないけれど、もともとノンフィクション作家で有名人です。
その次がテレビの討論番組などによく出ていた、舛添要一さん。もともと著名人ですよね。現職の小池百合子さんも、国会議員だったけれど、その前はテレビ東京のキャスターでした。
一方、間接選挙では、候補者の知名度はそれほど関係ありません。たとえば岸田首相は外務大臣を務めたことはあるけれど、首相候補になるまで、一般の人にはほとんど知られていなかったでしょう。今の岸田首相が首相として適任かどうかは、いろいろな意見があると思いますが、少なくとも知名度だけでは選ばれてはいない。
一方、アメリカの大統領選は直接選挙です。とはいえ、正確には、投票できるのは有権者の代表として州ごとに決められた選挙人だけなので、民意が100%反映される、完全な直接選挙ではありません。アメリカですらそうなっているのは、大衆の気分次第で変な人が当選しかねない直接選挙の危険性を、暗に考慮してきた歴史とも捉えられます。
これは僕の個人的な意見ですが、民主主義である以上、投票はわれわれの権利です。でもある意味、これは義務でもある。権利は義務の裏返しです。ここでいう義務とは、単に投票所に行って、「知らない人よりは顔を���っている人のほうがいいや」という安易な理由で投票するのではなく、候補者の政策立案能力や政策遂行能力や、できれば人望の有無までを、しっかり見極めて一票を投じるということです。
でもそこまで調べるのは億劫なので、よく顔を知っている有名人に投票してしまう──。だから直接選挙は有名人に有利な「知名度競争」に陥るのではないでしょうか。
「なんにもしない」が最強な理由
さて、今回、長山さんは蓮舫が当選すると見ているわけですね。
ライター・長山
まあ、はっきり言って誰が都知事になっても同じだろうなと思っているのですが、小池さんはコロナの時に頼れるリーダーシップを見せてくれたとは言い難い。それにもう8年も知事を務めています。そんなところへ、蓮舫さんが出てきた。ちょっと新鮮味のある蓮舫さんが有利なのでは、と予想しました。
なるほど。もちろん選挙なので、まだどうなるか7月7日まで確実なことはわかりませんが、僕は、小池百合子さんが勝つと理解しています。なぜなら、繰り返しですが、これは直接投票なので、現代の東京では「人気投票」だからです。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、小池百合子さんの強さは、「なんにもしない」ということなんですよ。なんにもしないので、人気が保たれているのです。
編集・小倉
なんと、何かを進んでするべき立場のようにも思いますが(笑)。
僕の理解では、小池さんにははっきりとした政策の方向性や思想があまりありません。つまり積極的に「何かをしたい」タイプではない。でも彼女は機を見るのが天才的にうまい。初めて都知事に立候補したときも「崖から飛び降りる覚悟で」みたいな、メディア向けにインパクトのあるフレーズを言うし、昔から「政界風見鶏」といわれているくらい、政局を読むのがとにかく上手ですよね。
だから今回も、投票日の一カ月前になっても出馬を表明しなかった。6月12日になって、ようやく表明しました。もちろんおそらくご本人は国会に戻りたいという気持ちはあるでしょうから、それと天秤にかけていたのかもしれない。それも踏まえて、勇み足に意思決定をせず、ここぞというタイミングをうかがいたのだと思います。
一方で蓮舫さんは、僕の理解ですけど、そういうのがものすごく下手ですね。蓮舫さんって、はっきりいうと、「攻撃的でキツい人」だというイメージがある。だから一部のリベラル色の強い人にはすごく受ける。でも非難は覚悟のうえで、僕が東京都在住の一般男性の心情を代弁すると、多くの男性は蓮舫さんが苦手だと思いますよ。
BIJ編集部・荒幡
ああ、わかる気がします。こういう言い方はあれですけど、男性は強い女性を苦手とする人も多いですよね。
それはありますね。そしてポイントは、都知事選は政策能力よりも人気投票だということ。そうなると、イメージが悪い蓮舫さんは非常に不利なんです。
大胆に言うと、小池百合子さんは何もしていないから、「イメージがない」んですよ。だとすると、どちらがより「マシに見えるか」になる。そうなると蓮舫を当選させたくないという人が多いので、その結果、小池さんが勝つというのが、わたくしの予想です。
ライター・長山
小池さんも都知事になってから「本当はカイロ大学を卒業していない」といわれたり、『女帝 小池百合子』(文藝春秋)という本が出たり、かなり足を引っ張られましたが、ああいうスキャンダルはほとんど影響がないですか?
小池さんのすごいのはそこですよ。普通は影響があるじゃないですか。でも彼女が顔色ひとつ変えずにいるうちに、いつの間にかみんな忘れていく。
逆に蓮舫さんは、告示前なのに枝野幸男さんが応援演説で「蓮舫に一票を」と言ってしまったりして、公職選挙法違反にあたる恐れがあるといわれています。つまり勇み足が多くて脇が甘い。
さらに言えば、選挙活動をする参謀にもかなり差があると言われています。小池さんの選挙参謀は、これまでも数々の結果を出してきた、有名な選挙参謀の方なんですよね。なので、政策うんぬんよりも、あまり強烈に強いイメージを作らない中で、「なんとなく、ましなのは小池さんの方かな」というイメージを作るのがうまい。
一方、蓮舫さんの選挙参謀はそれほど上手ではない印象です。むしろ、今はネットを中心に選挙活動をしてバズっている石丸さんに追い上げられているとも言われていますね。
ライター・長山
なるほど。だんだん「蓮舫勝利」の予感が薄れてきました……。
優秀な副知事に期待
念のためですが、僕は今回の選挙は小池さんが有利だとは思いますが、都知事として小池さんがベストだとは必ずしも思いません。彼女は自民党とのパイプが弱いし、政局を読むのはうまいけれど、政策立案能力には疑問がある。そもそも、先ほども言ったように、はっきりとした政策の意思があるように見えない。
とはいえ、風向きを読むのはうまいから、「これからの時代、ここを応援しておけば自分の評価も上がるだろう」というのを読むのはとてもうまい。先日、東京で「SushiTech Tokyo」という、スタートアップを支援する世界的なイベントが開かれました。これも、小池さんの後押しがかなりあったそうです。だから、良くも悪くもそういうセンスはあるんですよね。
じゃあ本当は誰が知事になればいいと思うかというと、僕自身は、いまの副知事の宮坂学さんがやればいいのでは、と思っています。
ライター・長山
元ヤフーの社長・会長だった方ですよね。
そうです。僕は昔からよく存じ上げていますが、「SushiTech Tokyo」を小池さんが推しているという話は宮坂さんが教えてくれました。あれをど真ん中で動かしたのは宮坂さんです。
彼はすでに副知事を3~4年務めているから、都政のことは理解しているし、なによりヤフーの社長と会長を務めた人です。ソフトバンクの孫正義さんの下でずっとやってきたわけですから、リーダーシップがめちゃくちゃあるし、人柄もいいし、かつデジタルにもとても詳しい。本当はああいう人が都知事になればいいんだろうな、と個人的には思っています。
でも直接選挙というのは本当に難しいですね。宮坂さんは、スタートアップ界隈ではよく知られているけど、一般的な知名度はそれほど強くないですよね。だから、宮坂さんが出てきても、政策が低くてても知名度が高い候補に負けてしまう可能性がありますからね。
まあ、われわれは首相を選べないぶん、都知事選をきっかけに、こういうことを考えるのは大事だと思いますよ。
BIJ編集部・荒幡
そうですね。私も候補者の政策などをきちんと見てから、大事な一票を投票しようと思います。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。