クルーズバイコア(Crews by Core)の創業者で、グーグル(Google)出身のダイアン・アイズナー氏。
Crews by Core
建設現場監督用のスケジュール設定およびタスク進捗管理ソフトウェアを提供するクルーズバイコア(Crews by Core)の創業者で、グーグル(Google)出身のダイアン・アイズナー氏が目指すのは、市場規模12兆ドルに及ぶ世界の建設業界で使用される「トレロ(Trello)」の開発だ。
トレロ(Trello)……豪アトラシアン(Atlassian)傘下のプロジェクト管理ツール。ボード、リスト、カードから成るシンプルなツールでタスクやスケジュールを視覚的に把握できるのが特長。
「存在する意味のある、何らかの重要な役割を果たす会社を作りたい。しかも自分はせっかちなので、なるたけ早くそれを実現したい。目的はそこにあるので、言ってしまえば、自分だけの力で成し遂げることに特段のこだわりはありません」
実際、彼女は自分だけの力で物事を進めていく選択肢を放棄しようとしている。
クルーズバイコアは間もなくサウジアラビアのウェイクキャップ(WakeCap)に身売りする。同社は、未来都市「NEOM(ネオム)」を含むサウジの巨大建設プロジェクトの多くに絡むコントラクター(請負業者)だ。
クルーズバイコアには新たな資金調達を行うことで事業を成長させる選択肢もあったとアイズナー氏は語る。
同社はこれまで大手ベンチャーキャピタルのNFXやGV(旧グーグル・ベンチャーズ)などから1100万ドルを調達してきたが、今回は迅速なスケールアップを優先して売却を決断したという。
買収元のウェイクキャップは、建設作業員が着用する標準的なヘルメットに取り付けたデバイスを介して現場のデータを収集し、アプリに送信して作業時間や進捗状況、安全性を追跡できるソリューションを提供する。
「ギガプロジェクト」と呼ばれる超巨大案件を含めサウジ国内30カ所以上の建設現場に加え、米国でも採用実績があり、蓄積済みのデータはすでに7000万時間に及ぶ。なお、サウジの建設プロジェクトの中には総工費が数百億ドルと想定されているものも多々ある。
クルーズバイコア、ウェイクキャップ、両社とも株式譲渡による買収の詳細条件は明らかにしていない。
ウェイクキャップのハッサン・アルバラウィ創業者兼最高経営責任者(CEO)はBusiness Insider編集部の取材に対し、今回の買収によりさらに完成度の高い製品スイートを市場投入し、同時にテクノロジーの聖地に足がかりを得ることもできると語った。
「当社の顧客基盤はもともと世界各国に広がっていますが、それでもシリコンバレーに地歩(ちほ)を築くことで生まれる信頼性は他で得られるものではありません。
当社が世界の主要(建設現場)ソリューションを目指そうと思えば、スケールアップに必要な全てが備わったエコシステムであるシリコンバレーに投資しない手はないのです」
彼女はなぜ起業したのか
起業前のアイズナー氏は、イスラエル生まれのリアルタイム交通情報アプリ「ウェイズ(Waze)」を開発運営するウェイズ・モバイル(Waze Mobile)のグロース担当ディレクターだった。
2013年にグーグルが同社を13億ドルで買収、アイズナー氏は手続完了後もプラットフォーム担当バイスプレジデントとして残留したものの、2019年にはシェアオフィス大手のウィーワーク(WeWork)に移籍する。
彼女はそこでスマートシティプロジェクトを立ち上げたが、わずか数カ月後に立ち消えとなり、その後同社は共同創業者のアダム・ニューマン氏をめぐる一連の騒動の中で経営破たんへと突き進んでいくことになる。
アイズナー氏のウィーワーク在籍期間は1年にも満たなかったものの、スマートシティ開発を通じて、都市問題を解決するクリエイティブな手法を見出すためのデータ活用法について思考を巡らせた経験は、彼女にある気づき��もたらした。
「建設が適切に正しい形で行われることは、(都市計画において)トップクラスの優先事項なのです」
2019年11月、彼女はクルーズバイコアを創業した。建設現場の監督者向けにスケジュール設定や作業員とのチャット、進捗日報の作成に関するサポートを提供するのが狙いだった。
創業から5年間で顧客企業は数百社に広がった。鹿島や竹中工務店など日本の大手ゼネコンも同社の製品を採用し、数多くの建設プロジェクトが中止に追い込まれた苦しいパンデミックも乗り切った。
建設業界の厳しい「現実」
建設業界でのソフトウェア販売には特異な面が存在するとアイズナー氏は語る。
平均的な建設プロジェクトには100社以上のサプライヤー(建材等供給業者)やサブコントラクター(下請け業者)がぶら下がり、グループ・会社ごとに必要とするテクノロジーを採用・導入している。
そのようにフラグメント(細分)化されているため、同じ建設プロジェクトであってもグループ・会社ごとに営業・販売を繰り返さなくてはならず、労力ばかりかかって売上規模の拡大が遅々として進まない。
アイズナー氏によれば、建設業界ではベンチャーキャピタルからの資金調達やより高い評価額の実現につながるほどの収益を生み出せるスタートアップは多くないという。
コンサル大手マッキンゼー(McKinsey)の顧客向けレポートは、物流業や製造業、農業などの実績ある市場に比べて、建設技術業界では急成長を遂げるスタートアップやユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)が少ないと指摘する。
加えて、プロコア・テクノロジーズ(Procore Technologies)やオートデスク(Autodesk)といった建設・建築ソフトウェア分野の有力先行企業の壁が立ちはだかり、スタートアップの成功は容易ではない。
アイズナー氏はこう説明する。
「建設ソフトウェア業界には、多少名前の知れた企業でもARR(年間経常利益=サブスクリプション契約などで毎年得られる収入)1000万ドル前後で頭打ちという厳しい現実があります。
そうした状況を打破するのを極めて難しくしているのが、(先に説明したような)建設プロジェクトのフラグメント化なのです」
イベントで意気投合
2024年に入って、アイズナー氏はどうしたらその(建設ソフトウェア業界に立ちはだかる)高い壁を乗り越えることができるのか、本腰を入れて考え始めた。
そして、彼女はその答えを、2月に開催された未来投資戦略(Future Investment Initiative、FII)研究所の「プライオリティ・サミット」で見つけた。
同サミットはサウジアラビアが後援する国際イベントで、企業・投資・政府・NGO(非政府組織)関係のリーダー数百人が一堂に会し、政治・経済社会の重要なトレンドあるいは課題のについて議論が行われる。
アイズナー氏とウェイクキャップのアルバラウィ氏が同じセクターの起業家として出会い、意気投合したのもその場だった。
買収契約に署名したダイアン・アイズナー氏とハッサン・アルバラウィ氏。
WakeCap
両社が開発してきた製品は全く異なるものだったが、互いに補完し合える関係にあった。そして、アルバラウィ氏がサウジ国外への事業展開を目指していたのに対し、アイズナー氏はサウジ市場への進出に意欲を燃やしていた。
会期2日間のサミット終了を待たずして、二人は冗談交じりながら経営統合の可能性を口にするまでになっていた。
アルバラウィ氏はBusiness Insiderの取材にこう語っている。
「ダイアンに出会ってすぐに確信したのです。ウェイクキャップとクルーズバイコアは表裏一体の関係なのだと。
両社統合のシナジー(相乗効果)があまりに魅力的に思えて、気持ちを抑えきれずその場で聞いてしまいました。『御社を買収して、今回の意気投合を正式なものにするという選択肢はあり得ますか?』と」
その後数カ月にわたる詳細な計画と調査を経て、両社の経営統合は決まった。アイズナー氏は最高戦略責任者(CSO)として残留し、クルーズバイコアのジーン・ガトニック最高技術責任者(CTO)も引き続き同じポジションを担うことになった。
アイズナー氏に聞くと、すぐに身売りする必要はなかったという。
「1年以上かけてじっくり検討する時間はありましたし、この類いの戦略的に重要な決断を下さねばならない中では有利な立場にあったので、急ぐ必要は何もありませんでした。
ただ、他社と経営統合するのと、ベンチャーキャピタルから新たに資金を調達するのと、二つの選択肢を比較した時、成長を加速させてより早く目標を実現するには、ウェイクキャップと一緒になるのが最善の道と考えたのです」