賞与支給から一ヶ月。車検と自宅リフォームで使い切り、パワプロの新作も買えず、そんな悲惨な記憶とともに賞与の存在を忘れかけていた今になって、部下からの「賞与の査定について質問があります」の声。なぜ今なの?さっぱり分からないが、話自体は「賞与の額が考えていた金額よりも少ない。査定に不満があります」というシンプルなものであった。評価するものとされるものが100パー満足する完璧な査定なんてものは存在しないけれど、僕は彼の査定に限定すればそこそこ自信があった。なぜなら部下氏は、対象期間におけるすべてのノルマが未達だったから。営業は、結果が明確に数字で出る仕事だ。その点から彼の評価で悩む要素はなく、すごく楽な査定だったのだ。「ノルマ未達」という僕の説明に対して、部下氏は「部長。そんなことはわかっています」と苛立ちを隠さなかった。ならノルマ達成してくれよと怒りのボルテージが上がってきたが、先日受講したアンガーマネジメント研修の内容を思い浮かべてやりすごした。「怒りを覚えたら過去のセイコウ体験を思い出しましょう」という講師の言葉どおりにあの夏の日の素晴らしいセイコウを思い出し一瞬だけスッキリしたのである。
彼は査定方法の変更を求めた。「現在の査定方法では私の潜在能力が計測できない」がその理由。「潜在能力あるの?」と口をついて出てしまいそうになる。部下氏は「潜在期待値」なるワンダーな概念を持ち出した。「本来の能力を発揮した際の最大値の結果」イコール「潜在期待値」という要素を査定に加味してほしいと求めた。つまり、査定に潜在期待値を乗じてもらいたいらしい。なるほどわかった。僕は元来優しい人間。その人の美しい面、ポジティブな点を見つめていたい。僕は彼から「職場の備品を壊さない」「欠勤しない」「定められた年休を消化する」という数少ないポジティブな要素をすくいあげ、甘く見積もった結果、潜在期待値は1だった。「50代後半」「無気力」「7年連続ノルマ未達」という現実をふまえたうえで、部下氏に潜在期待値(1)という魔法のふりかけをかけ、彼が本来の能力を発揮した世界線を想像した。現状と変わらない光景が脳裏に浮かんだ。きっつー。現状に潜在期待値(1)を乗じても変わらないのだ。この悲しい未来予想図を目の前にいる部下に伝えられようか。話題を変えた。賞与はまず会社の業績というものがあり、それに貢献した者の実績に応じて支給されるものであるため、査定に期待値は入れられないと伝えた。彼は「確かに私の期待値を加味したら賞与を支払う原資がなくなってしまいますよね」とポジティブに受け取っていた。きっつー。こういうときアンガーマネジメントの講師は6秒間数えましょうといっていた。怒りのピークは6秒でおさまるらしい。数えた。おさまらなかった。
彼は会社から不当な扱いを受けていると主張しだした。「定額減税は一人あたり4万円だと報道されていました」「ですね」「私も対象になります」「ですね」」「ところが私は定額減税を減らされていました。これはどういうことですか」言っている意味がわからないので沈黙していると「家族一人当たり4万円。しかし私は会社に1万円削られて3万円になっていました。明細にも記されているので証拠はあります。この件についてはすでに人事部に訴えを起こしています」と彼は続けた。被害妄想が強すぎ。人事部の対応を1か月待っていたらしい。定額減税4万円のうち住民税1万円分は6月に徴収されずに7月以降の給与から減税後の額が徴収されるという簡単な話では?つっても彼は「4万円と岸田総理が言ってました」と主張して聞くイヤーを持たず。イヤイヤでイライラしてきた。6秒間数えよう。1、2、3…「どうして」って3秒時点で部下が騒ぎはじめた。怒り消えねえ。
「どうして当社はそんな複雑なやり方をするのですか」「誤魔化すためですよね」「もっと社員にわかりやすく提示するべきではないですか」と詰め寄ってきた。「国が決めたこと」「人事に分かりやすいリーフレットがある」説明を尽くすも「こんなやり方…」と不満を隠さない。なぜ総理の代わりに謝罪を求められているのか。アイムソーリーヒゲソーリーなら何度でも言うけどさ。イライラで胸が苦しくなった。眩暈と頭痛。アンガーコントロール!深呼吸→過呼吸。6秒間カウント→話しかけられて頓挫。セイコウ体験→使い切った。この場を離れる→「最後まで話を聞いてください」。アンガーコントロール手法はまるで役に立たなかった。管理職になってからはこんなクソみたいなことばかりだ。命削っている。こんな上司殺査定地獄(ジョウシコロシアブラノジゴク)を僕は生きている。(所要時間25分)